梅雨が明けたのに朝露のせいか空気は湿っぽい。でも、空はこんなにも蒼い。
「ぷっ、ざまぁないなあこりゃ。」
鏡に向かってポーズをとりながら自嘲気味な笑みが浮かんだ。
残念ながらその表情は自分ではわからなかった。
うぅ、とペールが身じろいだので起こしてしまったのではないかと心配になった。
が、その肩は一定のリズムをとっている。
(よかった、起こしていない、か・・。)
復讐する相手のためにわざわざ数日前から計画を立てこんなことをしているのか、と思うと我ながら情けないが
でもきっと。
幸せな思い出が多いほど裏切られた刻に絶望する。
「に、してもあいつ馬鹿だから全身だと気づかないか・・?」
ウンディーネリデーカン・ローレライ・31の日。
オールドラント中の怨霊や悪魔などが地上に出てくると言われている日。
その悪魔たちに寿命を縮めたりされないようにその悪魔たちに変装する習慣がある。
ま、現在ではユリアの聖誕祭の前日としてお祝い事みたいに仮装するだけだが。
いわゆるゾンビの服装をあの男の使いの時にこっそり上下合わせて買っておいた。
(でもあいつ、やっと最近字が読めるようになったからなぁ・・。)
「仕方ない、か。」
難易度を下げるため、上のマスクだけにしておいた。
いつもの使用人服にひどく似合わないけれども。
(あいつ、正体見破れるかな・・。いや、でも泣き叫んだ顔もいいかもしれない)
なんとなくそんな変な期待をしつつ離れにある子供の寝室へと足を運ぶ。
騎士すらすれちがわないほどの時刻。
まだ霧が濃い。
もちろんメイドもいないわけで安易に部屋に入ることが出来た。
ベッドから落ちてずり落ちたシーツの上で大の字になっている子供の姿が見えた。
(大丈夫かよ、おい・・)
内心不安になりつつも呼吸をひとつする。
よし。
「ほらほら起きろ〜!」
「う゛―――――――・・」
いつもどおりの反応。これからだ。
「お前のガイを食べてやったぞー!!」
嘲るように笑うと今までかたく閉じていた瞳が急に開かれた。
ものすごい勢いで周囲を見回したあと
「あ・・・、」
「・・・・・・・・。」
しばらく空気が固まったかと思えば
「うわぁぁぁぁあんっ!!このっ、バカ馬鹿大ばか!!おたんこなすぅぅぅ!!
がいをかえせぇぇぇぇ!!!吐けっ、いますぐ吐けぇッ!!」
急に今にも泣きそうな顔で唇を引き結んで殴りかかったきた。
(なんだ、こいつ心配してくれているのか・・。)
そんな考えが甘かった。
「痛たッ?!痛いって!!ほら、ルークやめてくれ!痛い!痛いから!!」
いくら子供でも鳩尾に蹴りは反則だと思う。
お前にはこの涙がわからないのか?!
が、目の前のルークも大泣きしていた
「わぁぁぁああんっ!!いま、おまえのなかからガイの声がしたぁっ」
(泣きたいのは、俺のほうだぞ・・・)
幸せな思い出どころか下手したら一生トラウマになりそうな思い出だよな、、と両手でつかまれて揺すぶられながら考えていると,
「あ・・・・・・・・・、」
「お・・・!」
ぼとり、と間抜けな音を立ててマスクが床に転がった。
「が、、、い?」
「痛てて、やっと放してくれたか・・、」
言い終わる前には視界は真っ赤に染まっていた。
「がい、いたい?し、死んじゃったら、な。父上に怒っても、らっうぞぉっ・・」
支離滅裂な嗚咽交じりの文句が耳元で聞こえる。
「勝手に殺すなよ・・。大丈夫だよルーク。俺、痛くないから」
「ほんと?ほんとうか?」
首筋にしがみついて離れない子供をゆっくりあやす。
「あぁ、本当だよ」
「う゛ぅ――――、」
「あ・・、ごめ、すみませ、る、ルーク様、やっぱ、首、くるし・・・・」
「まぁ、それで、せっかく私が協力してルークにこれを読んで
さしあげたのにこのザマですの?」
「あはは、すみません・・。」
膝の上で眠っているルークにナタリア様は微笑みかけた。
俺の膝の上なので、距離はおいてもらっているが。
「私はそんなに怖いとおもいませんけれど・・。」
「いや、でもルーク様には堪えたみたいですよ。」
ルークの手は、しっかりと俺の上着を握り締めている。
「そうかしら・・?」
胸に抱いた、その小さな身体に見合わないほどの大きくて分厚い絵本に、彼女は目を伏せた。
世界のおそろしいお化けのお話。
(期間限定だった子ガイルク小説を再収録)
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