嘘だろ、嘘だよな。なんでこんなことになっているんだ。
「…っ!ルーク!!」









「ルーク様、失礼致します。」
昼下がりのティータイム。熱々のスコーンを頬張る主人に断りを入れて彼の部屋にめずらしく扉から入った。
「あ、ガイぃー!がいも、食う?」
自分の姿を見るなり、いきなり食べかけのスコーンを差し出されたので苦笑したものの
「紅茶、入れさせてください。それと、国王様からの贈り物ですよ。」
一緒に食べるのも悪くないかな、と思いながら持っていたものを窓際に置いた。
「おぉーっ!すっげぇー!」




ルークが外に出られなくなった元凶の国王陛下からの贈り物。
飽きやすいルークも、初めて真近でみたこの動物には興味が尽きないようだ。
「おい、ルーク。食べながらうろうろするのは行儀悪いぞ」
「だいじょぶ、こぼさないもん。」
こちらの意図が伝わらないようで、少し高い位置にある金魚蜂を一心に見つめながら食べ続けている。
「大丈夫じゃないだろー、ほら、こんなに食べ散らかしてー」
両腕を掴んで持ち上げるときゃーきゃー楽しそうに喚いた。
「ほら、座って食えってー」
そのまま椅子にぽん、と座らせる。やっと少し落ち着いたようで、差し出した紅茶もおとなしく受け取って口をつけた。
「なぁガイぃ、赤いのにこいつキンギョっていうの?」
「あぁ、真っ赤で、まるでお前の髪みたいだな」
「でもしっぽの先はがいみたい。なんでこいつら水の中なんだろう?」
「水がないと息ができないから死んでしまうんだ」
「ふぅん‥?」
それでも不思議そうな目で俺を見上げていた。
「死ぬってどういうこと?」
どきん、と胸が疼いたのが嫌なほどにわかる。
思い出せないが、でも、大切な人たちの死を招いたのはこいつの父親。
「…もう、会えないってことだよ」
殺していた心が表に出ないように、やんわりと微笑んだ。この話は早く終わらせたい。
早く、終わってくれ。
「会えないとどうなるの?」
「笑ったり、おこったり、触ったりできないだろ…?」
落ち着いた声で話そうと心がけたが、出てきたのは情けないくらいにかすれた声だった。
「そっか。それはイヤだな…」
ルークはそれにも気づかず、のんびりと返した 。
遠慮がちなノックの音。
「すみません、ルーク様。ガイはそちらにいますか?」
扉の向こう側からメイドの声が聞こえる。ルークが口を開けかけたが
「はい、俺なら此処です」
云いながら席を立った。
「どうしました?」
こちらの事情を相手も知っているのである程度距離をおいてだが、彼女はほっとしたような笑顔をこちらに向けてきた。
「あぁ、よかった。部屋に行ってもいないし、ペールに訊いても知らないと言うし・・。あのね、旦那様の部屋の窓の金具が歪んでしまって新しいものに変えないといけないんだけど、貴方にお願い出来るかしら?」
「えっ、でもがいは・・・」
ルークが敏感に反応したが、
「はい、状態を見ないと直せるかどうかわからないけど、俺でよければ。」
気にしないようにして、快諾した。
「それじゃあ、来てもらえるかしら?」
「ガイぃ・・・・・。」
俺の返事を遮るように、ルークが親猫を呼ぶような声を上げた。
「だいじょうぶ、すぐ戻るから。さ、行きましょう」
縋る目を見ないようにして、後ろ手に扉を閉めた。









「つまんない・・・。」
ベッドの上でごろごろしてみたけどやっぱりつまんない。
「そだ、」
がいはいなくなっちゃってけど、あいつらならいる。
跳ねるように起き上がって窓辺に歩み寄った。
「・・・・・・あれ?」
さっきまで元気に泳ぎ回っていたのに、元気がないみたい。なんでだろ?
ふと、ティーセットの台車が目に留まった。
「そっか、おまえたち、お腹すいたんだな!」
スコーンをちぎってから気づいた。
「・・・・・・あ。」
おれ、上には手、届かないんだ。
「でも、アレを下におけば・・・・・・・っ!」
めずらしくおれ頭冴えてる。
ごはんあげたらがい、ほめてくれるかな?
「よ・・・・・、いっしょっ。」
持ち上げた瞬間、せかいが廻った。








胸が凍りつくような音が、遠いところから聞こえて、修理の手を止めた。
あの方向にはたしか・・、たしか・・・、
気づいたときにはもう走っていた。
(盗賊か・・・・?とにかく、無事でいてくれ・・・・・・っ!)








「いたた・・・・。」
あれ?おれ、なんで濡れているの?気づいたら床に大の字で倒れていた。
「そだ、キンギョ・・・・・、っ!!!」
起き上がって手元を見ると、床にキンギョが転がっていた。
「だ、だいじょぶっ?からだ、痛い・・・・・?」
触ろうとしたら痙攣のように跳ねたので、恐くて手を引っ込める。
「どうしよ・・。あ、お水!」
がいが、お水ないと息できないって言ってた。
でも、お水はメイドに言わないともらえない。メイドに言ったら怒られちゃう。
嫌だ。どうしよう。
きょろきょろしたら、いいもの見つけた。
「お茶・・・・・・・、」








「大丈夫かッ?!」
肩で息をしながら扉を開けると、目に入ったのは割れた金魚蜂が散乱した床と、紅茶を床に注いでいるルークと、
その下で紅茶をあびている動かなくなった魚。
頭から血の気が引いていく。
「…っ!ルーク!!」
ルークはびくっ、と身体をこわばらせた後にこちらに視線だけ向けてきた。
「あ…、が、」
「なんてことしてるたんだっ!」
「だって、死んじゃうといけないから、だから…」
「…死んでるよ。」
「えっ、なんで…っ?」
ルークは、初めて自分のしていたことに気づいたように驚いた顔をした。
「お前のせいだろ…」
(そうだ、メイドが死んだのも…、姉上が死んだのも)
「でも…、おれ…、おれっ…」
「お前のせいなんだよ!!」
「…っ!?」
思わず怒鳴ってしまった。それに呼応するようにルークの瞳からは大粒の雫がこぼれ落ちる。
「泣いてもどうしようもないだろ…」
見ていて苛々する。
「ルーク様どうかされましたかっ?!…っ、ガイ?!」
ノック無しに先ほどのメイドが入ってきた。彼女がどう状況を判断したかは分からないが
「・・・・・・ガイ、貴方は下がって。」
「はい。」
その言葉を有難く受けて足早に部屋をあとにした。







「悪いペール、下げてくれ。」
「よいのですか?お体に障りますぞ・・?」
それから、特に呼び出しも受けることなベッドで寝て、気がついたら夕食の時間になっていた。
「あぁ、わかっている。でも、大丈夫だからさ」
とても食事など、する気になれない。
ルークが悪いわけではない。そんなこと分かっているはずだ。
(でも、あいつはー―、)
「…ガイぃ」
遠慮がちに開けた扉の隙間から声の主が見つめてきた。
「‥なんですか?ルーク様」
ベッドから起き上がり手櫛で寝癖を直しながら手短に訊いた。
ルークは、ペールに促されておずおずと部屋に入ってくる。しばらく俯いていたが、やがて顔を上げた。
「あのなっ、おはか…」
「墓…?」
「めいどが教えてくれた。おはかつくればキンギョ遠いとこでまた笑えるよ、って。だから、それで…」
「それで?」
「がい、一緒につくって!」
「俺でなくとも、他のメイドにでも頼めばいいでしょう?」
溜息を吐きながら本音を言ったが、相手も引かなかった。
「がいとつくって、って言われたもん!」
メイドも、どんな気遣いなんだか。 有難迷惑ってこういうことか。
「…おこってる?」
「いいや、怒ってないよ」
微笑みを浮かべて言うとさっきまでの暗い表情とは別人のような笑顔になった。

(嗚呼、こんなにもたやすいものなのか…。この表情が、偽りだということに気付けないなんて)








目に焼きついているのはい屍たち。
(いつか、お前を殺せたのなら、俺は幸せなのかな?ルーク・・)












「ぺーるっ、そこはおはかだから踏んじゃだめだぞっ!」
「はい、わかっておりますよルーク様」
「これ、周りに埋めればいいんだなっ」
「はい、やさしく愛情をこめて埋めてやってくだされ」
「あいじょー!
あとな、がいにはな、ないしょなんだからなっ!」
「えぇ、二人の秘密でございます」
「えへへー、がい、喜んでくれるかなぁ?」

やがて黄色にかがやくであろう、その花の名は――、










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